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初倖(うゆき)がお送りする 独り言ブログ。 /「なづゆき」「帝雅」って名前も使ってる/ 大した事は書けませんが 基本的に日常的な記事が無ければ 詩や小説、論などを記しています。 ペットのことや、その日あったことも書けたらなあ。 読んでくださるっていう方は 是非ともコメントお願いします。 ツイッター 本垢  @_other_world_ コス垢 @nadu_cos
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 生きる意味を、考えてみたとする。答えなんて、みつかるはずもない。
 どうやって生きるかも、どうして生きるかも、生に関する問いは何も解決していない。解決出来る問題ではない。人の言うことにはよく、「未来のため」「生きるため」とある。ではその「未来」とは何か? ではその「生きるため」とは何か? 人の言動ほど不思議なものはない。言葉は録音でもしない限り証拠は残らない。言う分には自由だ。何をしたって構わない。
 かつて…今もまだ、かもしれないが…いじめが大きな問題となっていた。いじめによる自殺、自傷、ひきこもり、狂乱、それはそのひとの人格を壊すことが可能だ。
 例えば、いじめる側から。いじめる対照とするひとが、何か事を起こすごとにちょっかいを出す。それは友達同士の絡みなんかではなく、もっと度を越えたちょっかいだ。自分に害を及ぼすわけではない。ただ気に食わないだとか、そんな自分勝手な理由だ。もともとは大人しい子だったのかもしれない。はたまた、もともとそんな感情を持っていた子なのかもしれない。だが、いじめをし始め、それが“楽しい”になってしまったら。手遅れだ。ひとは快楽を一度憶えればなかなか忘れない。心のどこかに罪悪感くらいはあるかもしれないが、ひとを、生き物を虐げることに慣れれば、もうその泥沼から抜け出せないくらいになっているだろう。
 例えば、いじめられる側から。いじめられる原因が自分にあるにしろないにしろ、いじめられれば脆い精神は傷付く。そう、精神とは弱い。集団から離れれば、すぐにまた群れを成そうと必死になる。言葉でも行動でも、他者から自分から相手から、“これはいじめだ”という認識が誰かしらから発せられればいじめの始まりだ。そのいじめが別段辛いわけでもなく、寧ろ他者に構ってもらえているという感覚があったとして、だがそれも上っ面だけだ。『こころ』というものが形あるものだとすれば、いじめを受けるごとに、小さく浅いといえども同じ場所に何度も傷つけられていることになる。何度も何度も抉られる傷はしだいに大きくなっていく。それに気付かず、またひとは繰り返しいじめをされる。しだいに自分に溜まる傷を治すために意識が動き始める。それが自傷などと呼ばれるもの。
 例えば、傍観者から。「見ているだけだから」「関係ないよ」…言葉。これこそ最大のいじめ。いじめられるひとをいじめるひとよりも性質の悪いいじめだ。自分は関係ないふりをしながら最高のいじめを施している。無視。まさに態度と言葉の暴力。助けてあげたいと思って動かないひとが中でもいちばんのいじめの首謀者だ。ひととは恐いものだ。知っていながら巻き込まれたくなくて関係ないふりができてしまう。
 例えば、…では…人間ではなく自殺から。ひとが自ら堕ちてくることを静かに待つこれは、最も罪が軽い。どう足掻いても変わることがないからだ。ひとが変わることに釣られることもなく、絶望を待っているだけ。手を出すこともないけれど、他人事にすることもなく、最低の楽をくれる。
 誰かを責めるわけでもない。だから、己に責められている。
 自殺をしたひとのもとにはよく“遺書”があるらしい。私が思うに、そんなものを残すくらいだったら自殺と面と向かえばよかったのではないだろうか。つまりは、死と直面してみればということだ。何分何時間でも構わないから、ひとの死を目の当たりにしてみればよかったのではないか。「死ねば楽になれると思った」。馬鹿みたいだ。死ねば楽になるんじゃない。死ねば自分の痕跡以外が消滅するだけだ。そして一度死に逃げたらずっと死に逃げ続ける。来世も来々世も無限に。自殺――死に直面して本当に腕を広げ待っているその中に飛び込んでもいいのか、よく考えるべきだ。考えた故の行動なら認めよう、此方ももう何も言えることもない。自由にしてくれればいい。
 生きる意味を、考えてみたりした。答えなんて、みつかるはずがなかった。
 では逆。死ぬ意味を、考えてみた。答えなんて、いくらでもあるだろう。逃げるだとか次に進むだとか新しく生まれ変わるだとか。所詮は勝手な自己満足。一生死ねないというのも、次々と生まれる人口で地球が溢れかえって考え物だが、それよりもキツイものはやはりどんな苦痛からも逃げられないことか。病気だとか怪我だとか。植物状態になってまで死ぬ事の出来ないことは辛い。激痛を味わいながらも安楽死出来ないことは辛い。生きる意味はただいつでも探せる。常に探している。死ぬ意味は一回だけ、しかもそれは終わりだ。
 どこまでも進むなんて無理な話し。技術の進化なんてどこまでだかなんてわからないけれど、ある一定を過ぎれば何だってそれ以上は踏み入れない。領域を越せない。
 きっとまだまだ先へと伸び進化することが出来るのはきっと…“生”と“死”だ。言葉にすればする程、それは目前に広がるだろう。

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テンションの高い人、又はノリの良いひととなら気軽に絡めます。

コスプレ活動しつつ社会人で(逆)気ままに過ごしてます。
趣味で小説を書き詩を書き絵を描く。
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