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最後まで読まないで。(罪)
からりと乾いた空気が身に染みる。分厚いジャケットを羽織り、マフラーをして、防寒対策ばばっちりなのに、それでも寒い。
持ってきた小さなカイロを摺り寄せ、温まろうとするけれど、そんなものは周りの寒さに当てられてぬくもりをなくしていた。
風が吹くと、落ちた枯葉がからからと音を立てる。虎落笛も聞こえてくるし、より冷たさを感じるから、この時期の風は敵だ。
「さーむいっ!」
隣を歩く女が叫んだ。
「さむいさむーい! 風、まじ、なんなの!」
「……言っても寒さ変わらないだろ」
「寒いから寒いって言ってんの! あたしが冷え症なこと知ってるでしょ!」
彼女は一段と着込んでいて、もっこりとした服装に、マフラー、耳当て、手袋と完全装備だ。
寒いなら室内に入ればいい、と思うけれど……そうもいかない。いまは列に並ぶ真っ最中だ。
有名店限定販売のパンケーキ、それを目当てに朝から並んでいる。彼女はほかの友達と行く予定だったのだがドタキャンされ、なんだかんだ暇を持て余していた俺を誘ったらしい。
「あんたのジャケット、よこしなさいよ!」
「やだよ。俺が寒くなるだろう。しかもそれ以上どうやって着るんだよ」
「なによぉ、誘ってあげたのに!」
「あ、じゃあ帰ります。寒いんで」
「うそうそうそ! ごめん! 一緒に並んでてください! ひとりはいやあ!」
彼女の甲高い声を聴き流し、少しざわつき始めた前方を見ると、開店の準備に取り掛かられていた。
ようやく扉が開けられ、店員の「どうぞ」の声が聞こえる。それに気づいた彼女も、ようやっと笑顔になった。
「あいた! やっと入れるう!」
わりと早くから並んでいたので、入り口にも近く、扉向こうの暖かな空気がふんわりと肌を撫でる。前の何組かが入り席について、俺らも中へ案内された。
小洒落たアンティーク調のカフェ。ブラウンベースの店内には、ドイツ語文字のステッカーがちょこちょこ見られる。
二名席に誘導されて、彼女と向かい合って座る。限定メニューを食べに来た彼女と違って、ノープランだった俺は初来店のメニューをめくり、ぱらぱらと見た。
ふむ、やはりパンケーキが一番の推しらしい。珈琲もおすすめか。しかし目についたチョコのケーキが気になったので、それにすることにしよう。
店員がさっそく現れた。彼女は俺のことなんて気にせずさっさと呼んでいたらしい。互いに注文をして、俺は水に口を付けた。
彼女をちらりと見ると、携帯をいじっていて見向きもしない。俺も手持無沙汰なので、持参した小説を取り出した。
しばらくすると再度店員が現れて、パンケーキとチョコケーキ、それにセットで頼んだ飲み物を置いて去って行った。
彼女が行儀よく手を合わせ、「いただきます」と言ってパンケーキを食べ始める。一口食べて、んーっと唸ったあとに、口を開いた。
「おいしっ! 並んだ甲斐あった」
「それはよかったね」
チョコケーキもなかなか美味しい。
紅茶を一口飲んだ彼女が、じっとこちらを見てきた。
「……なに、食べたいの?」
「ううん、うれしいだけ」
なにが、と訊こうと思ったけれど、そういえば当初の目的の限定パンケーキを食べれたことかな、と思い当ったのでやめた。
すると彼女は、訪ねてもないのに、言ってきた。
「ほんとは、最初から、あんたとふたりで来たかったんだよね。ここじゃなくてもいい、どこでもいいから、あんたとふたりでどっか行きたかった」
どういうことだよ、と尋ねる間もなく。
「あたし、あんたのこと好きだからさ」
突然の告白。
「ま、聞かなかったことにしといて」
チョコケーキどころじゃあなくなった。
でも、本当に言わなかったかのように、ふつうに彼女に、俺はなんにも言わず、その日はカフェだけでお開きになった。
……なんのために、俺が珍しくこんな身支度したと思ってんだ。買ったばかりの黒のジャケットを着て、朝から髪をセットして。
次に彼女に会ったら、こんな寒い日につき合わされた仕返しに、サプライズをしてやろう。
だけど。
次、なんてなかった。
彼女は、遠く離れていってしまった。
会社の屋上から飛び降りて、即死。
遺書もあったそうだ。
話によると、会社の同僚数人に強姦されたらしい。泣き叫ぶ彼女を無視し、輪姦した。
俺が最後に彼女に会ったときに、聞かないフリをせず、ちゃんと自分の気持ちを伝えていればどうなっていたのかな。
そんなこと、いまさら思ったって仕方なかった。
『男性会社員数名を殺害した容疑で逮捕されていたY氏が、本日未明、死刑宣告をされました』
君と二度と会えないなら、君のために――。
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